2012年9月29日土曜日

奈良県みどりをつなぐウォーキングマップ「大和川古墳めぐりコース」

奈良県みどりをつなぐウォーキングマップ大和川古墳めぐりコース」を歩いた。奈良県の二つの浄化センターは奈良盆地を北に流れる多くの川が西に流れる県下最大の大和川に合流する地点に立地しており、ともに広大な土地を利用してスポーツ施設が併設されている。その二つの浄化センターをつないだ本コースは合計6本の川を巡るのだが、以外に川沿いに歩くことが少ない。しかしほとんどの道が車通りが少なくとても歩きやすい小さな道で快適に歩くことができた。
 
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コースのスタートは浄化センター公園が目の前の近鉄ファミリー公園前であり、駅を出た所に大和中央自転車道案内がある。この案内図通りに道を南にとると大和川杉ノ木橋大和中央自転車道起点があるが、大和中央自転車道は歩かず大和川杉ノ木橋を南に渡り土手を東に少しだけ歩いて大和川とはお別れだ。この後南に進路をとり一度近鉄橿原線を潜ると正念寺があり、近鉄結崎駅まで本コース最大の繁華街を南下する。近鉄結崎駅には観世の里川西見どころ散策MAPがあるのは歩く・なら「青き山々に抱かれた国・古代風景と磯城の古墳を訪ねて」で確認済みだ。

ウォーキングマップではこの後近鉄橿原線沿いに南下することになっているがそんな道はなく、その後寺川沿いに未舗装の道を歩くのだが草茫々の上に実りの季節で大変であった。この後も寺川沿いに歩くのだが雑草の背が高く水面が見えずに気分が晴れなかったのだが、本当に車が通らないのには感心した。寺川宮前橋の手前には糸井神社が渡ると面塚があり、その後島の山古墳を巡るのは歩く・なら「青き山々に抱かれた国・古代風景と磯城の古墳を訪ねて」と同じだ。

飛鳥川唐院橋を渡る前に唐院運動公園を訪れるが、川西町ふれあいセンタにはなかなかよくできた川西町全図がある。飛鳥川唐院橋を渡ると大和中央自転車道とクロスするがここでも飛鳥川沿いに進む大和中央自転車道を歩かない。曽我川小柳橋葛城川桜橋を越えてすぐの奈良県第二浄化センタには飛鳥葛城自転車道道標があり、高田川沿いにを飛鳥葛城自転車道案内まで飛鳥葛城自転車道を歩く。

この後右に左に折れて本コースでは一番わかりにくい道を春日神社を経由して、川合大塚山古墳から中良塚古墳(高山塚一号古墳)高山二号墳を巡る。ゴールの近鉄池部駅の北側の道は初めて歩くから楽しみにしていたら、歩く・なら「大和川・竜田川・富雄川と水辺をめぐる、龍田大社~廣瀬神社をつなぐ道」川合大塚山古墳から近鉄池部駅まですでに歩いていたのだった。

2012年9月22日土曜日

奈良県葛城市名所旧跡ウォーキングガイド「二上山コース」

奈良県葛城市名所旧跡ウォーキングガイド二上山コース」を歩いた。二上山歩く・なら「大津皇子が眠る二上山と葛城の里」歩く・なら「悲劇の皇子を悼む、二上山の頂へ」で2回登ったのだが、いずれも雌岳から雄岳を歩くすなわち北から登って南へと下ったのだが本コースは逆に辿る。歩く・なら「悲劇の皇子を悼む、二上山の頂へ」は論外のハードコースだったので、歩く・なら「大津皇子が眠る二上山と葛城の里」と比較すると北側がのんびり登れるのに対して南側は急斜面で体力が奪われて大変である。どうも北から登る人が多いようだ。健脚でない私を追い抜いていった人は一人で、追い抜いたのはまだ歩けない幼子を連れた夫婦一組だけであった。歩く・なら「悲劇の皇子を悼む、二上山の頂へ」に続いてもう山登りはこりごりの気分になったのだが、歩く・なら「大津皇子が眠る二上山と葛城の里」の頃より加齢よりも加重した体が体力を無くしていないのかとても気になる。
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コースのスタートは奈良県葛城市名所旧跡ウォーキングガイド「當麻寺コース」の続きのように近鉄二上神社口駅である。まずは大和高田バイパスを越えて真っ直ぐ西に向かうが葛城市道標で南下する。ここから傘堂までの田舎道が池も多くてご機嫌だ。途中二上山ふるさと公園に立ち寄るが歩く・なら「悲劇の皇子を悼む、二上山の頂へ」でとんでもない目にあった456段の石段は登らずに引き返すと道の駅「ふたかみパーク當麻」の右前に前回は気づかなかった近畿自然歩道案内図があった。近畿自然歩道開設時にまだ葛城市はなかったのには驚きだ。

葛城市新在家案内板近畿自然歩道道標と辿り、傘堂から進路を西にとりいよいよ登り坂が始まる。逆から回ると本当に景色が変わり次の近畿自然歩道道標からすぐにある當麻山口神社を参拝した。今回は鳥谷口古墳は遠くから眺めるにとどめて、公園だと思っていた緑の砂防ゾーン創出事業「初田川」を歩いてその次の近畿自然歩道道標に出た。この登り坂は前の2回とも軽快に下ったのだが登るとなるとえらい急坂だ。裏向不動明王を過ぎて祐泉寺から山道になるがすぐに青息吐息になった。ここから馬の背までの道が一番の難所だろう。

この後一番見晴らしのいい雄岳を登り降りした後、さらに雌岳まで登れば後は下りである。目と鼻の先にある大津皇子の墓を訪ねた後下りの山道がひどく長い。葛城市道標まで来たところでもう山道はすぐ終わると思っていたら全く終わらない。山道が終わったところにある倭文神社は最初に進路を南にとった葛城市道標とは本当に目と鼻の先である。この後は元来た道を辿り、近鉄二上神社口駅へゴールする。

2012年9月15日土曜日

奈良県みどりをつなぐウォーキングマップ「津風呂湖散歩コース」

奈良県みどりをつなぐウォーキングマップ津風呂湖散歩コース」を歩いた。ほぼ自然満喫オンリーで、津風呂湖とは目と鼻の先にある吉野運動公園を拠点にする周回コースである。湖上のボートを楽しめるので避暑にもいいのだろうが広い湖に漕ぎ出している人は皆無なのに対し、魚が豊富なのか太公望の方が以外に多く専用の桟橋を設けて商売になっているようだ。湖畔には桜並木が多いのでベストシーズンは桜の季節になるだろう。
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スタートとゴールは吉野運動公園で、吉野町案内図から案内通りに津風呂湖を目指さず、まずは北に道をとり菅生寺を参拝すると次に吉野北小学校が目に飛び込んできた。さすが昔から吉野の桜と歌われた世界遺産の町は財政が豊かなのだろうと思わせる素晴らしいデザインである。この後竜門川沿いに吉野川まで下るのだが、南東岸にある車道とは別に北西岸の緑いっぱいの山道は9月なのに真夏を思わせる陽射しの中で清涼感のある風を感じて実に気持ちいい。

妹山樹叢の麓には大名持神社があり、その門前には伊勢湾台風痕跡水位の碑がある。この後津風呂湖案内板からまた山道に入り下った分だけ上るわけだが、津風呂湖温泉までは緩やかでほとんど上りを意識しない。この間はマップでは本当に川沿いすぐの道を歩くようになっているのだがそんな道はなく一本南の道を歩いたのだが、こちらも緑いっぱいでちょうど日も陰ったこともあり実に爽快である。津風呂湖温泉からコミュニティセンターつぶろまでが本コース最大の難所でつらい上りが続くが、この後いよいよコース名に冠せられている津風呂湖周遊である。

まず津風呂ダムの上を歩き目で落差を楽しんだ後周遊道路を歩くが、平尾橋までは大して視界が開けておらずかなり湖畔の形が複雑で曲がりくねっていてまるで山道を歩いているようだ。近畿自然歩道道標から吉野町案内図の案内に出ていた道と合流し、次の近畿自然歩道道標から本コースのハイライトでまず両側がオープンで下が薄い板で本格的な吊橋のみかえり橋を渡る。止まっていると大きく揺れてとても怖いので一気に歩いたのだが、人とすれ違うのに端によるのも怖い。この吊橋は近畿自然歩道になっているだけでなく、サイクリングロードにもなっているのだがとても自転車をよけるスペースはないというよりここを自転車に乗って渡れる人はそんなにいないだろうと思うドキドキの吊橋である。

この後すぐにある近畿自然歩道道標近畿自然歩道とは別れて今度は視界の開けた周遊道路を山口吊橋まで歩く。こちらは両サイドは閉じているし下はぶ厚い木で少し広くあまり揺れない。この橋を渡った後周遊道路とはおさらばして森の中の道を抜けると津風呂湖周辺案内図に出る。ここから普通の田舎道が吉野運動公園まで続き炎天下の直射日光がたまらない。もうすぐ彼岸だというのに真夏の暑さだ。最後は吉野運動公園を歩くがこちらは競技施設しかないようだ。体力のあるうちに津風呂湖を楽しむにはバスでも行けるコース上最も標高が低い津風呂湖口を基点にするのがベストだろう。

2012年9月8日土曜日

奈良県みどりをつなぐウォーキングマップ「西の京の寺社と緑地でやすらぐコース」

奈良県みどりをつなぐウォーキングマップ西の京の寺社と緑地でやすらぐコース」を歩いた。コース前半の秋篠川は地元でありとてもいい散歩道だ。、奈良ウォーキングマップ其の弐 9.ならやま横断秋篠川沿いコースでコース通り歩いたし、コース後半も奈良歴史の道でさんざん反時計回りに歩いているのでコースとは逆向きに歩いたのだが、奈良歴史の道を歩くことはほとんどなかった。コース名通りに歴史と自然の両方を楽しめるミドルコースで秋篠川桜並木は本当に素晴らしい。
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コースのゴールの近鉄西ノ京駅薬師寺の門前駅で、まずは観光客でごった返すメインストリートを唐招提寺まで歩くのだが、夏休み明けの週末はほとんど人がいない。奈良歴史の道垂仁天皇陵の環濠沿いに設定されているが、本コースはわかりやすい車道を歩き、喜光寺からは奈良歴史の道の一本西の菅原神社へ通じる道を近鉄奈良線を超えてすぐある十五所神社まで北上する。途中西大寺南門から西大寺北門へ抜けるといい。

この後西奈良県民センターまでほぼバス通り沿いにコース設定されていて、秋篠寺を出て平城中山バス停からは秋篠川沿いを歩く。本コースハイライトの遊歩道となっている秋篠川桜並木龍王神社から始まり、秋篠川桜並木だけでなく秋篠川ヘイケボタルプロジェクトも繰り広げられるなど自然豊かで、今回は青鷺が見事なポーズを決めてくれた。

西奈良県民センター大渕池公園(東地区)大渕池公園(西地区)大渕池のほとりにあり、コーススタートの近鉄学園前駅からはなぜかバス通りを避けて非常にわかりにくい道にコース設定されている。コース通り歩くならPARADISパラディ学園前の前の通りを西に向かい、奈良女子大学附属小学校付属幼稚園案内板の次の交差点を北に折れることになる。

2012年9月1日土曜日

奈良県みどりをつなぐウォーキングマップ「曽我川めぐりコース」

奈良県みどりをつなぐウォーキングマップ曽我川めぐりコース」を歩いた。コース前半は古墳巡りで新沢千塚古墳群歩く・なら「橿原・明日香 明日香・藤原京へと都の歩みをたどる」(橿原コース)歩く・なら「葬るかたち・宮都「飛鳥藤原」西方の古墳を訪ねて」(近鉄橿原神宮前駅~近鉄飛鳥駅)で訪れているので、前回の奈良県みどりをつなぐウォーキングマップ「馬見丘古墳めぐり西コース」同様にコースを逆向きに辿った。コース後半の曽我川は初めて歩いたのだが車の交通量も少なく一部未舗装の車が入れない田舎道もあり、川面を見ながらゲリラ豪雨で水量の豊富な水音を聞きながらのウォーキングは実に気分爽快であった。土手には桜並木も多かったのでベストシーズンはやはり桜の咲く季節になるだろう。
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コースのゴールは近鉄真菅駅で西に向かうとほどなく最後の目的地の曽我川治水緑地だ。じゃぶじゃぶ池が素晴らしいし、上海井戸跡が出迎えてくれた。曲川大橋を渡ると本コースのハイライトで、未舗装の土手を歩く。水音が出るようわざわざ石を埋めているのが心憎い。未舗装の道はそう長くあ続かないがJR桜井線を潜り、次の目的地の橿原運動公園のある大和高田バイパスまで川面を楽しむことができる。

巨大なスライダープールが特徴の橿原市総合プールの前は飛鳥葛城自転車道で二度歩いたのだが、公園内を歩くのは初めた。実に広大で公園を抜けるとすぐ近鉄南大阪線だ。さらに次の目的地の橿原市千塚資料館まで南下する。残念ながら資料館は工事中だったが次の目的地の新沢千塚古墳群も抜けていくことができる。歩道橋を登ると、史跡新沢千塚古墳群を左に抜けて階段を登ると第173・178号墳で、そこから道なりに東へ向かえば新沢千塚126号墳を経て第139号墳で行き止まるが、この季節草茫々で足元が見えないが何とか南へ下り少し西に戻れば南の住宅街へ出られる。

次の目的地の橿原神宮へは高取川鳥屋橋を渡り、近鉄南大阪線を再び北に越えて、西参道から深田池を半周し、南神門から参拝した後表参道へ抜けるのだが、最初の目的地の県立橿原公苑をコーススタートの近鉄橿原神宮前駅から橿原公苑陸上競技場へ歩いて公苑を抜けると橿原神宮北参道に出るので、こちらをコースに設定してもよかったのではないかと思う。

2012年8月18日土曜日

奈良県みどりをつなぐウォーキングマップ「馬見丘古墳めぐり西コース」

奈良県みどりをつなぐウォーキングマップ馬見丘古墳めぐり西コース」を歩いた。南北に遊歩道が続きウォーキングには最適の馬見丘陵公園は、歩く・なら「北葛城 馬見丘陵の古墳群を散策する」歩く・なら「馬見丘陵の古墳群と伝説を巡る」で2回歩いている。本コースはその馬見丘陵公園を歩いた後西へ進路をとるのだが、この季節は終盤は疲れて楽しむどころでなくなるので経験済の馬見丘陵公園を後で歩くよう逆向きに歩いた。結果体力のある前半に自然豊かな田舎道を存分に楽しむことができて大満足である。
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コースゴールのJR志都美駅は香芝市にあり、駅を出ると香芝あんないマップがあった。まずは葛下川東岸を南下するが、遊歩道が整備されているのは少しだけで車の交通量も多く何とか歩道スペースのある川面が見れない左側を歩くことになる。この後東に向かいゆるやかな坂道が始まるとすぐに最後の目的地の浄安寺だ。ここから次の目的地である庚申塚までの田舎道が素晴らしい。雨が降ってぬかるんでいると大変だが未舗装の道もあり気分最高だ。

次の目的地の牧野史跡公園(牧野古墳)は住宅街のど真ん中だ。なかなか真っ直ぐに歩けない住宅街を北へ抜けたら次の目的地のほのぼの公園からまた気持ちいい田舎道が始まり、見所はあまりないがすぐに次の目的地の佐味田宝塚古墳過ぎて、奈良県馬見丘陵公園まですぐそこの河合町文化財案内図まで交通量のほとんどない田舎道が続く。奈良県馬見丘陵公園の最南部は広陵町で広陵町観光案内図があった。

この後馬見丘陵公園をずっと北上するのだが、訪れる古墳の中では最大のハイライトであるナガレ山古墳はすぐにある。馬見丘陵公園館を過ぎてさらに進むと最後は平城遷都1300年の道を歩く。途中馬見二ノ谷遺跡もあるが、道には奈良の歴史を著したパネルが埋められており、最後のパネルは2010年全国都市緑化ならフェア開催だった。馬見丘陵公園を抜けるとスタートの近鉄池部駅はすぐそこで傍らにはかわいコミュニティーマップがあった。

2012年8月15日水曜日

歩く・なら「明治維新前夜・維新の魁「天誅組」五條代官所襲撃の日」

歩く・なら明治維新前夜・維新の魁「天誅組」五條代官所襲撃の日」を歩いた。歩く・なら「奥吉野に散る太刀の血煙・明治維新の魁「天誅組」最後の日(終焉の地)」(蟻通~鷲家)の続きのコースかと思っていたら時系列的には本コースの方が先になる。天誅組が挙兵したとして明治維新の発症の地だけでなく、紀州街道(江戸時代)の面影を残し国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている五條新町を巡る歴史耽溺コースであるが、コース中盤には田舎道をのんびり歩いて機微に富んでおり大満足だ。

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コースのスタートは新興住宅街にある田園一丁目バス停でその住宅街のゆるやかな坂道を抜けるとすぐに天誅組が挙兵前に集結した岡八幡宮となる。この後オプションルートの市立五條文化博物館(安藤忠雄建築)へと足を伸ばすためさらにゆるやかな坂道を登るとすぐに近畿自然歩道道標があった。

市立五條文化博物館(安藤忠雄建築)には5万人の森公園が併設されていて、奈良五條自然と柿の里ファーム・森のカフェもあり、子供連れなら丸一日楽しめそうだ。この場合は園内に南大和乃国ドライブマップもある通り車が足になるが。この後さっきの近畿自然歩道道標まで戻り、近畿自然歩道「金剛山ろく文化をめぐるみち」を歩く。今度は下り坂で見晴らしがよく車がほとんど通らない田園風景の中を行く。早稲と晩稲が混在していて面白い。

バス道の近畿自然歩道道標と奈良県立五條高等学校がバックの近畿自然歩道道標を通り過ぎた後、JR五条駅に向かうために左折する近畿自然歩道道標でお別れして、真っ直ぐ南下するとJR和歌山線の手前に乾十郎之墓が、超えてから西へ進み五條市営極楽寺霊苑(五條代官鈴木源内墓所)を過ぎてから再び南下するとすぐ五條代官所跡(五条市役所)井澤宣庵墓・岡田禮以墓がある。

この後西へ進むと井澤宣庵宅趾があり、天誅組の全てがわかる民俗資料館(長屋門)で引き返して国道24号を南に歩道橋を渡ればいよいよ本コース最大のハイライトの五條新町(重要伝統的建造物群保存地区)だ。まずは右折して本コースではオプションルートの西へ進むと五條新町の礎を築いた松倉豊後守重政之碑があった。時間がない(JR和歌山線は1時間に1本の電車)ので、二見神社で折り返す。

まちなみ伝承館まちや館(木村篤太郎生家)を東進し、大通りを渡った森田節斎宅址までが五條新町(重要伝統的建造物群保存地区)だ。その後も天誅組を偲ぶ史跡は続き、乾十郎宅址から国道24号線を超えてすぐの櫻井寺には天誅組本陣跡がある。時間がなくてあまり味わえなかったが最後もなかなかに風情のある街並みを歩いてJR五条駅にゴールする。

2012年8月11日土曜日

奈良県葛城市名所旧跡ウォーキングガイド「當麻寺コース」

奈良県葛城市名所旧跡ウォーキングガイド當麻寺コース」を歩いた。中将姫伝説所縁の當麻寺歩く・なら「大津皇子が眠る二上山と葛城の里」で、石光寺歩く・なら「悲劇の皇子を悼む、二上山の頂へ」で訪れたが、花の寺としても有名な両寺を一度に参詣するのが最大の特徴となるショートコースである。ボタンが咲く4月中旬から5月上旬がベストシーズンになるだろうか。
 
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コースのスタートは近鉄当麻寺駅で傍らに葛城市観光マップ「花と文化財の里當麻」がある。駅から観光道路だと一目瞭然となる黄土色の彩られた道を行くと、當麻蹶速塚葛城市相撲館だ。ここからすぐの国道165号には近畿自然歩道道標がありここからこの道標を辿ることになる。

通り雨を平田春日神社でやり過ごしてしばらく行くと、當麻寺仁王門(東大門)の前にも近畿自然歩道道標があった。日本最古の文字が誇らしい當麻寺梵鐘を過ぎて、當麻寺本堂の手前を右に折れて當麻寺黒門(北門)を抜けてしばらく行くとお地蔵さんの傍に近畿自然歩道道標があった。

二上山を望む視界が開けた次の近畿自然歩道道標で道標とはお別れで、こちらも日本最古の文字が踊る石光寺(白鳳弥勒石仏の寺)を参拝する。石仏だけでなく中将姫染の井糸掛け桜は必見だ。最後は二上山を望みながら国道165号の歩道を歩き、近鉄二上神社口駅へゴールする。

2012年7月21日土曜日

奈良県みどりをつなぐウォーキングマップ「西奈良の大池めぐりコース」

奈良県みどりをつなぐウォーキングマップ西奈良の大池めぐりコース」を歩いた。奈良県みどりをつなぐウォーキングマップ「西奈良の緑地めぐりコース」が周回コースであったのに対し、本コースは近鉄富雄駅をスタートして、近鉄大和西大寺駅へゴールするワンウェイコースで少し距離も短いミドルコースだ。大渕池蛙股池は十分堪能できるだが、わかりやすい道を選択しているためか菖蒲上池は遠くから眺めるだけなのが残念である。池めぐりを楽しむには近鉄あやめ池遊園地を再開発して一部通れない所もあるだろうが、奈良ウォーキングマップ其の弐 5.池めぐり あやめ池周辺コースがコース設定もおもしろくおすすめである。
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近鉄富雄駅
をスタートし富雄川沿いに北上した後、法融寺からは学園赤松町緑地御嶽山大和本宮と抜けて大渕池公園西地区までは奈良県みどりをつなぐウォーキングマップ「西奈良の緑地めぐりコース」と同じ道を辿るのだが、御嶽山大和本宮へ抜ける道はわかりにくいので、裏口から入って公園内を歩くのがいいかもしれない。この後大渕池沿いに歩き本ブログの代表画像に使用している西奈良県民センターに到達する。

ここまで来たら大渕池公園東地区まで足を伸ばしたいし、秋篠川沿いの道はとても散歩に適した道だ。この後南下するが厳しい登りが続きまず学園前ロイヤルテニスクラブまでの急な坂道が長く続くのがつらい。圧巻は陶芸教室蒼の後の急坂で短いがとても急な坂道であり車道として許せる最大斜度ではないかと思わせる。近鉄奈良線を超えてしばらくいけば本コース最大のハイライトである蛙股池である。

歩行者専用のあやめ新橋を渡りあやめ池神社を参拝した後ちょっとした緑地まで往復した後進路を西にとる。しばらく住宅街を歩き西大寺新池町新池の鯉の数に驚いた後、すぐ西大寺野神緑地がある。野神神社からは奈良歴史の道と合流し、西大寺の北を歩いた後近鉄大和西大寺駅へゴールする。

2012年7月14日土曜日

奈良県葛城市名所旧跡ウォーキングガイド「笛吹神社コース」

奈良県葛城市名所旧跡ウォーキングガイド笛吹神社コース」を歩いた。奈良県葛城市名所旧跡ウォーキングガイド「柿本神社コース」と同じ近鉄忍海駅をスタートして、奈良県葛城市名所旧跡ウォーキングガイド「竹内街道コース」と同様近鉄磐城駅へゴールするロングコースである。コースの大半が葛城山系の山辺り沿いを北上する近畿自然歩道となっていてアップダウンも多く大変なのだが、その分大和三山など奈良盆地を見降ろす眺望が素晴らしい自然堪能コースである。

 
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葛城市歴史博物館角刺神社の南を抜けて一直線に西に向かい浄信寺から少し南に下った後さらに西に向かうと登りが始まり脇田神社から地光寺旧跡を抜けてそのまま笛吹神社に向かえばいいものを本コースは一旦北上し、近畿自然歩道道標から再び南下しなければならない。坂道の近畿自然歩道道標を登ると参詣階段の途中へ出た。先も長いので参拝後元来た道を帰ろうとしたが、階段下の広場に大砲が見えるので参詣階段を降りるとなんと日露戦争に使われていたらしい。結局階段を最後までおりると正式名の葛城坐火雷神社石標があった。

 南下した近畿自然歩道道標に戻りさらに西に向かいその次の近畿自然歩道道標を無視してさらに西へ進んだ後北へ進路を取るのだが登った分だけ眺望が素晴らしい。この後の平岡日の谷水車葛城山麓公園の一部だ。次の近畿自然歩道道標通りに進むと、葛城山麓公園入口の手前に近畿自然歩道案内図があった。その次の近畿自然歩道道標からその次の近畿自然歩道道標の道が圧巻で、細くて実に自然歩道らしい。その次の近畿自然歩道道標は無視して一本北の道を東に向かい博西神社を訪ね同じ道を戻った後さらに西へ向かうと近畿自然歩道道標は十字になっていた。

 十字の近畿自然歩道道標通りにすぐ近くの置恩寺を参拝した後、二塚古墳へ道をとる。その次の近畿自然歩道道標も道標通りに進むと左手に二塚古墳が見える。次の近畿自然歩道道標を過ぎるとその次の近畿自然歩道道標とその次の次の近畿自然歩道道標は車道の歩道を歩く。この後ぶつかったの南阪奈道路沿いに進むと太田古墳群・弥宮池古墳群ある。ここから棚機神社までの最後の登りは疲れた体には長くつらい急な坂道である。この後兵家跨道橋を渡り長い下りの後しばらく行くと近畿自然歩道道標の傍に芝塚古墳があり、次は綿弓塚だ。奈良県葛城市名所旧跡ウォーキングガイド「竹内街道コース」で撮り逃した葛城市 竹内案内板を収めて最後は竹内街道を東に歩く。

2012年6月30日土曜日

奈良県みどりをつなぐウォーキングマップ「西奈良の緑地めぐりコース」

みどりをつなぐウォーキングマップ西奈良の緑地めぐりコース」を歩いた。地元を歩くのは奈良ウォーキングマップベストセレクション 9.大渕池公園周辺コース 二名編以来となるが、本コースは大渕池公園(西側)から生駒市総合公園までを往復する距離的にはミドルコースである。わかりやすくするためにバス道がメインになっているのが残念である。みどりをつなぐなら、是非ともあすか野北の緑道あすか野南の緑道をコースに入れて欲しかった。


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コースのスタートとゴールである大渕池公園にもちろん駐車場はある。学園前からバス便も多いのだがバスに乗るのが面倒な場合、コースは周回コースなので途中から回ってもいいなら最寄駅は近鉄けいはんな線の白庭台駅だろう。奈良ウォーキングマップベストセレクション 9.大渕池公園周辺コース 二名編で、大渕池の水没した木が倒れていたのを見つけたのがまだ枯れていないのを確認してから桜の名所である御嶽山大和本宮を通り過ぎて、行き止まりに見える所を強引に細い山道を下ってしばらくすれば、最初の目的地の学園赤松町緑地だ。

この後法融寺まで下って富雄川沿いを北上する。立派な拡幅道路でもちろん歩道が完備されて歩きにくくはないが、歩道と川の間に二車線もありビュンビュン車が通るのでかなり興ざめである。その後もバス道を西進し、あすか野デコボコ公園を通り過ぎて次の目的地のあすか野スポーツ広場を訪ねるためにバス道を一本北に入るのだが、この後が本コース最大の難所である。コース中間点の生駒市総合公園は山の頂上にありしばらく急坂が続く。視界が開けたところであすか野北3丁目からの眺望が素晴らしいのだが、そのままバス道から生駒市総合公園に入るのではなく、裏側から入るので道を間違えないよう注意が必要だ。

この後ローターリーが特徴のあすか野団地バス停まで戻り、そのまま北東方向へ進み真北にカーブする所から一本南に入った所にあすか野森の広場がある。あすか野北の緑道はここからあすか野スポーツ広場まで続いているし、あすか野南の緑道はもちろんその南へと続いている。この後次の目的地の北コミュニティセンターISTAはばたきを巡るため庄西口バス停から道を東に下り、富雄川を渡った後はその次の目的地の花のまちづくりセンター ふろーらむへの道を登る。最後は大渕池公園道標まで車量の多いならやま大通りを歩き最後の目的地の松伯美術館までくればゴールはすぐ目の前である。

2012年6月23日土曜日

奈良県葛城市名所旧跡ウォーキングガイド「柿本神社コース」

奈良県葛城市名所旧跡ウォーキングガイド柿本神社コース」を歩いた。奈良県葛城市名所旧跡ウォーキングガイド「竹内街道コース」と同様ショートコースであるが少し見所が少ないだろうか。交通量は少なく歩きにくいということはないがコースのほとんどが車道で退屈だった。しかし葛城市はえらい公共施設が充実しているのに感心した。コースのいたる所に福祉センターや体育館がある。もっと田園風景を楽しめるかと思っていたが、ほとんどが住宅街なのも以外であった。


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コースのスタートは近鉄忍海駅で、駅の右側すぐの葛城市・観光イラストマップの蓮花ちゃんが愛らしい。近鉄御所線を西へ渡るとすぐ「ようこそ葛城市へ」道案内がユニークだ。行き先を大きく見やすい写真で表示する巨大道標になっている。しかし次の「ようこそ葛城市へ」道案内を見かけたのがゴールの近鉄新庄駅だったのは残念である。葛城市歴史博物館を半周した後、飯豊天皇埴口丘陵を訪れるため北上する。

飯豊天皇埴口丘陵は小型ではあるが周濠もあり立派である。この後本コースのハイライトである屋敷山公園を目指すため再び西進するのだが、公園前の交通量の多い車道を潜っていきなり噴水に出たので、屋敷山古墳を越えてそのまま公園を抜けようとしたが古墳から東もしくは北に降りる道がなかったので、ついでに公園内を一周した。この後住吉神社参道を東進するが、道幅も狭いし旧家も立ち並んでいて少し風情がある。最後のコース名に冠せられている柿本神社はゴールとなる近鉄新庄駅のすぐ西に位置し、、、かなりがっかりである。

2012年6月2日土曜日

歩く・なら「建国伝承地の陵墓を歩く」

歩く・なら建国伝承地の陵墓を歩く」を歩いた。橿原市の古墳を訪ねるコースとしては歩く・なら「橿原・明日香 明日香・藤原京へと都の歩みをたどる」(橿原コース)歩く・なら「葬るかたち・宮都「飛鳥藤原」西方の古墳を訪ねて」(近鉄橿原神宮前駅~近鉄飛鳥駅)を歩いており、その両者のコースがよく似ているのに対し本コースはそれらを補完しており、畝傍山をほぼ一周するのでいろんな方向から眺められるのも楽しい。地元観光ボランティアガイドおすすめらしい隠れた散歩道が素晴らしく大満足だ。


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コーススタートの近鉄畝傍御陵前駅から東には何度も歩いたのだが、本コースはまず西に向かいに大和中央自転車道飛鳥葛城自転車道のコースになっている県道161号に出る手前を右折して北に向かうとすぐに大窪寺がある。第二代綏靖天皇陵大和中央自転車道から西へ入った所にあり、初代神武天皇陵橿原観光案内図から入った所にある。この後県道161号には戻らずに山本山大師堂を目指して西進するのだが、そこへ向かう森の小径が秀逸だった。

この後畝傍山を左手に見ながら南下するのだが東向きに望むのは初めてで新鮮だし、南向きが多い天皇陵にあって次の第三代安寧天皇陵が東向きで西方向へ参拝するのが興味深い。次の第四代懿徳天皇陵で御陵巡りは一区切りとなり、橿原神宮西参道を左手にさらに築坂邑伝承地石碑まで南下した後、宣化天皇陵を訪れるために少し県道133号を西へ進む。

宣化天皇陵のすぐ南にある倭彦命墓を訪ねるのに、Googleマップは間違っているし訪ねた後に次へ向かうpdfマップの写真解説を倭彦命墓向かう道だと勘違いしてしたので無茶苦茶迷ってしまった。しかしその後の田舎道が正に蝶が舞い鳥がさえずる桃源郷のような心地がして大満足だ。歩く・なら「古墳に彩られた、「初期ヤマト政権」誕生の地へ」に地相学的に最高だと書いた三輪山の裾野に広がる珠城山古墳群から景行天皇陵へ向かう道に優るとも劣らない。

この後東に向かい鳥屋近隣公園から落ち着いた高取川沿いを歩き、近鉄岡寺駅前の牟佐座神社を抜けて、丸山古墳を訪れる。丸山古墳の巨大さを堪能するには歩く・なら「橿原・明日香 明日香・藤原京へと都の歩みをたどる」(橿原コース)のオプションコースがはずせない。植山古墳植山古墳春日神社鳥居から眺めてもその概要は全くわからない。最後は孝元天皇陵まで北上した後西進して近鉄橿原神宮前駅へゴールするのだが、この辺りの古墳巡りには新しく地図付のく橿原市道標がとても便利だ。

2012年5月26日土曜日

奈良県葛城市名所旧跡ウォーキングガイド「竹内街道コース」

奈良県葛城市名所旧跡ウォーキングガイド竹内街道コース」を歩いた。竹内街道歩く・なら「大津皇子が眠る二上山と葛城の里」 を歩いた際に是非とももう一度今度は大阪方向に歩きたいと思っていた。本コースのハイライトも当然竹内街道かと思いきや、車幅が広い割に交通量がほとんどなくしかも観光道路を現す黄土色のアスファルト舗装道路が最高だった。静かで開放感のある田舎道を脳天気に歩くのは実に気分がいい。どうしても季節と天気がよくなければこの気分は味わえないのが難点ではあるが。

 
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本コースのスタートとゴールは近鉄磐城駅で、東西南北4方向にほとんど真四角に一周する。奈良県葛城市名所旧跡ウォーキングガイドでは時計回りに巡るようになっているが、それだと歩く・なら「大津皇子が眠る二上山と葛城の里」と同様竹内街道を奈良方向に歩いてしまうので、反時計回りにまずは竹内街道を西に芭蕉旧跡 綿弓塚まで歩く。中間点には立派な体育館のある葛城市當麻スポーツセンターがあり、芭蕉ゆかりの綿弓塚の看板のかかる旧家はちょっとしたミュージアムだ。

まだまだ大阪に向かって西に歩きたいところだが、ほんみち竹之内廟所に向かってすこし北に寄り道する。国道166号をくぐる道に小川が併流しいていてなかなか綺麗な墓地である。地元の人しか知らない粋な小径を選んでいて心憎い。この後鍋塚古墳を右手に見ながら県道30号を葛城市兵家案内板まで南下する。そして次の孝女伊麻旧跡へ西に向かう道が意外によかった。道の両側に民家はなく田畑が開け実にのどかだ。中間点の伊邪那岐神社から西は黄土色のアスファルトでやけに道幅も広く葛城の里を満喫できてしまった。

最後は住宅街を北に歩くのだがこの道も由緒ある街道で竹内街道長尾街道分岐点に達する。すぐ大磯虎女旧跡地があった後またすぐ葛城市南今市案内板がある。どうやら地区毎に名所旧跡が満載の案内板があるようだ。最後に訪れた長尾神社の手前にも葛城市長尾案内板があったし、芭蕉旧跡 綿弓塚の南にも案内板があったことを思い出した。さすが古墳時代に天皇家と張り合っていた葛城氏のホームグラウンドである。名所旧跡には事欠かない。古代から開かれた豊穣の里を感じることができて大満足である。

2012年5月19日土曜日

歩く・なら「ツツジの名所・古代ロマンあふれる神の山を歩く」

歩く・ならツツジの名所・古代ロマンあふれる神の山を歩く」を歩いた。ツツジの開花に合わせたつもりが、今年の梅も桜も開花時期が遅かった厳冬の影響か、種類により見ごろを過ぎたかまだこれからだったりなのが残念であった。しかし古代ロマンというようりも星空ロマンを十二分に満喫させてくれるし、先週訪れた歩く・なら「『古事記』を編纂した天才的文官、太安万侶の墓へ」(奈良市田原)の東に位置する山添村も大和茶の名産地で茶畑風景が目を潤してくれて大満足だ。


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コースのスタートは国道神野口バス停フォレストパーク神野山案内板から神野山山頂を目指す。ずっと登りかと思っていたら伊勢古道道標から平坦な道となりむしろ堂の前川まで一旦下り坂だ。この後きつい登り坂が続くのを新緑の素晴らしい茶畑風景をはげみにフォレストパーク神野山道標までくればまたまた意外に平坦な道が続く。茶がゆが自慢メニューの映山紅の前にあった奈良県立神野山自然公園(ふれあいの森)観光案内図よりも、鍋倉渓(天の川)の登り口にあったフォレストパーク神野山案内図が山道が多い神野山を歩くのに大活躍した。

鍋倉渓(天の川)からいよいよ本格的な山道を登りとなる本コースのハイライトなのだが、その手前に塩瀬地蔵座像がある。鍋倉渓を天の川に見立てた「たなばた伝説」には驚いた。山頂に向かう途中に天狗岩(アルタイル・夏の大三角形)がある。山頂はかなり広々としているが一旦神野寺まで山を下るのだが、そこに至る道に広がる茶畑がまた素晴らしい。再び山頂へ戻り360度大パノラマを展望休憩所から楽しんだ後、北へ下る道ですぐに王塚(デネブ・夏の大三角形)があり、しばらく下ると八畳岩(ベガ・夏の大三角形)がある。巨石をわざわざ運搬したとは考えにくいので人工物ではなく自然の偶然の産物だとは思うが縄文時代に鳥の目を持ち地上の星を見ていたのには驚天する。

めえめえ牧場を過ぎると本格的な山道は終わり、映山紅まで戻って神野山を一周した後は、上津ダムによりできた上津ダム湖まで車道を下る。ここから登りが続けば体力的に厳しいと危惧していたがほとんど登りはなくてよかった。後半の見所はここぐらいでゴールの国道山添バス停すぐ近くにある山添村ふるさとセンターへ足を伸ばせばその限りではないが、バスの便は極端に少ないので山添村ふるさとセンターに駐車させてもらいスタートの国道神野口バス停までバスを利用するのが現実的だろう。バスに乗り遅れないようにどうしても早目に着くことになるので自然とバス待ちのためにセンター内を巡ることになる。

2012年5月12日土曜日

歩く・なら「『古事記』を編纂した天才的文官、太安万侶の墓へ」

歩く・なら『古事記』を編纂した天才的文官、太安万侶の墓へ」を歩いた。田原を訪れるのは3年連続だが新茶の季節に訪れるのは初めてだ。やはり新緑の淡い緑は目に鮮やかで素晴らしい。奈良を歩く ゆきめぐり「茶畑が広がる山里「田原」を訪ねる」とほぼ同じ名所旧跡を巡るが、本コースは水田が多いので稲穂の季節に山里風景を楽しみのがいいかもしれない。茶畑を楽しむなら奈良ウォーキングマップ其の弐 3.麗しの茶畑田原コースが一番のおすすめだ。


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コースのスタートは日笠バス停で、奈良を歩く ゆきめぐり「茶畑が広がる山里「田原」を訪ねる」喫茶軽食グリーンとんねるで案内していた赤い屋根がすぐ北に見えた。河瀬直美監督が第60回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した「殯の森」のロケ地で素晴らしい茶畑が目を潤してくれるので、コースを逆に辿りゴールした後バスの待ち時間の時間調整するのがおすすめだ。

最初の目的地の日笠フシンダ遺跡と次の光仁天皇陵(田原東陵)は、北浦定政顕彰碑のすぐ近くだ。振り返ると自生の藤の木が満開だった。そしてその次の目的地の史跡太安萬侶墓が本コースのハイライトだ。急坂を50m程登らなくてはならないが何度見ても素晴らしい。眼下には超絶風景の茶畑が広がる。冒頭にも記したが新茶の淡い緑が美しい。

この後バス道から一山隔てた水田の広がる県道183号日笠東金坊線を歩く。最後は険しい山道なのかと戦々恐々としていたらわずかな坂道の林道は50mしかなく拍子抜けしてしまった。しかし林道を抜けた先にはまた素晴らしい茶畑が広がっていた。視界が開けた瞬間に目に鮮やかな緑の風景が飛び込んでくるのに感激する。そこから最後の目的地の春日宮天皇陵(田原西陵)とゴールの田原御陵前バス停は目の前だ。

2012年5月4日金曜日

歩く・なら「 「時に舎人あり…」。異才・稗田阿礼ゆかりの地へ」

歩く・なら「時に舎人あり…」。異才・稗田阿礼ゆかりの地へ」を歩いた。古事記が完成してから1300年経ったということで、稗田阿礼を主宰神として祀る賣太神社には古事記撰上千三百年ののぼりが立てられていた。賣太神社を訪ねるのは、歩く・なら「藤原京から平城京へとつづく古代の幹道・下ツ道」大和郡山市観光モデルコース「あおによし平城(なら)への道」大和郡山市観光モデルコース「野の花の咲く道 環濠集落めぐり」に続いて4度目となるのだが、佐保川堤は何度歩いても楽しい。本コースはその佐保川を下るだけでもなく上るだけでもなく往復するのが大きな特徴で、薫風の中なら爽快に歩くことができるだろう。


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コースのゴールとスタートはJR郡山駅なのだが、不便なので今回はプラスαの大和郡山市元気城下町プラザがあり、無料駐車場完備のイオンモール大和郡山をゴールとスタートとした。まずは西に向かい、佐保川下三橋町高架橋を登らずに側道から佐保川堤を北上すると次の羅城門橋北側歩道中央に平城京羅城門跡と羅城門橋西側高架下にも平城京羅城門跡・平城京朱雀大路跡がある。

佐保川下三橋町高架橋まで佐保川西岸を下った後、本来のゴールとスタートであるJR郡山駅に立ち寄るために一旦佐保川を離れて、きこく地蔵尊のある郡界橋から再度佐保川を南下する。大和郡山市観光モデルコース「あおによし平城(なら)への道」で紹介している佐保川と地蔵院川から、本コースの目的地でかたりべの碑のある賣太神社まで東進する。

この後稗田環濠集落を半周するのだが、途中本コースの最南端にある下ツ道 大和郡山市 稗田町から北上することになる。船着場跡と枳殻地蔵尊までは住宅街を歩くが、次の最初に眺望した佐保川下三橋町高架橋まで再び佐保川堤を歩いて、イオンモール大和郡山に戻る。本コースはショートコースなので昼飯前にゴールできるだろう。

2012年5月1日火曜日

歩く・なら「奥吉野に散る太刀の血煙・明治維新の魁「天誅組」最後の日(終焉の地)」(蟻通~鷲家)

歩く・なら奥吉野に散る太刀の血煙・明治維新の魁「天誅組」最後の日(終焉の地)」(蟻通~鷲家)を歩いた。前回の歩く・なら「奥吉野に散る太刀の血煙・明治維新の魁「天誅組」最後の日(終焉の地)」(武木~蟻通)が天誅組ゆかりの史跡旧跡は訪ねることなくただひたすら長くつらい天誅組が進軍した山越えの道を歩くのに対して、今回は天誅組の無念を辿る旅となる。その無念が昇華したのが天誅組総裁吉村寅太郎遺詠だ。天誅組が進んだ同じ長くつらい山越えの道を歩いたからこそその無念により共鳴できる。高見川沿いを下った後鷲家川沿いを登り清流と自然も満喫できるし、天誅組総裁吉村寅太郎遺詠を読んだ瞬間に本コースのベストシーズンは深秋だと思ったのたが、天誅組の無念に共鳴してしまうと紅いもみじを眺めながら楽しく歩くことができないのではと感じ入ってしまった。正直今の季節でも紅い常紅のもみじを見るのが怖い。


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蟻通バス停にはより詳しく歩く・なら「奥吉野に散る太刀の血煙・明治維新の魁「天誅組」最後の日(終焉の地)」(武木~蟻通)に書いたが、高見川へ四郷川と木津川が合流する観光名所である夢淵がある。さらに丹生川上神社の過ぎてすぐ吉野離宮址爺婆石があった。ここから風光明媚な高見川を下るが流れは緩やかで道はほとんど傾斜を感じない。清流を眺めるだけでも退屈しないが、小川氏菩提寺天照禅寺魚見石原石鼎旧居原地(小診療所)跡と見所もある。そして東吉野観光旅館杉ケ瀬を過ぎるといよいよ天誅組ゆかりの史跡が目白押しである。

天誅義士明治谷墓所天誅組志士菩提寺宝泉寺・天誅義士記念碑を巡った後、近畿自然歩道道標・東吉野村役場があった。天誅組史跡(出合橋跡)から天誅組史跡宍戸弥四郎戦死の地の間が旧町で天誅組史跡碇屋彦根藩石原甚五左衛門陣所跡があり、他にも全部を撮影していないが義士戦死の碑が多数ある。この後鷲家川を登るがさほど傾斜はきつくなく清流を目と耳で楽しむことになり、コース最大のハイライトである天誅組終焉之地碑へ向かう間にも、鷲家川天誅組史跡天誅組史跡(市ノ谷)があった。冒頭に紹介した天誅組総裁吉村寅太郎遺詠の隣にあり、天誅義士の足跡を訪ねてと共に涙をさそう。

ゴールの鷲家バス停を一旦過ぎて伊勢街道道標を「いせくまの」へ道をとると天誅組遺跡紀州藩軍役方頭取金沢弥右衛門陣所跡のすぐ先に近畿自然歩道道標←萩原↓木津があった。予定通り時間を余してオプションルートの天誅義士湯ノ谷墓所を訪ねると何とも奇妙なそれでいて情緒のある枯れ木があった。それでも時間が余ったので松尾芭蕉副脾の案内に誘われて入った先に天誅組遺跡森下幾馬戦死の地があった。鷲家八幡神社もなかなか小奇麗な神社だ。鷲家バス停に戻ってみると目の前の二階に天誅組史跡(油屋)藤堂藩陣所跡がある。蟻通バス停同様こちらも時間つぶしに事欠かない。